安徳幼帝の伝説
先日TVで、高知県香美市物部町神池の高板山 (皇の居た山) の安徳陵伝説を放映していました。
安徳幼帝の伝説は 平家落人伝説の流布とともに各地に伝わっています。
壇ノ浦で入水せず平氏の残党に警護されて地方に落ち延びたとするものです。
宮内庁指定「陵墓参考地」
安徳天皇 (あんとくてんのう) 別名 言仁(ときひと) 治承2年(1178)
世は平氏の政権末期、時代に翻弄された伝説の幼帝。
故郷、高知-佐川の隣町越知町横倉山にも安徳稜があり子供のときから親しんでいましたので、懐かしさもあり数年前の安徳稜訪問時の記憶を呼び戻しながらしたためてみます。
詳細は色々な歴史書や演劇などで伝えられております。
数多くある安徳幼帝伝説の一つに高知県高岡郡越知町横倉山の安徳稜もあります。
国道33線を高知から松山に向かい約50分、JR佐川駅より車で10分~15分。
仁淀川中流域の町越知の町外れ10分程。
国道沿いの麓から車で一番高い所の駐車場まで約5分 それより徒歩で30分~位。
お約束の平家の宮や断崖絶壁にある平家穴の入り口近くの岩屋神社。
宮に着くまでには、博物館や八坂神社(祭神は天児屋根命(あまのこやねのみこと)
杉原神社(祭神は伊邪那岐命(いざなぎのみこと)・伊邪那美命(いざなみのみこと)
平家の宮(天皇の従臣80人余りが、横倉山の各所に祭られ、横倉宮の末社)
杉原神社と旧平家の宮
近くには名瀑大樽の滝(越知町) 植物学の父牧野富太郎誕生の地(佐川町)
勤皇浪士脱藩の道(佐川町)佐川カルスト高原(佐川町)等もあり歴史tロマン散策にはうってつけ
宮に着くまで様々な自然の景観や植物にも出会える、一寸した遠足気分を味わえます。
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